東京地方裁判所 平成8年(ワ)10522号 判決 1998年7月10日
原告
財団法人古賀政男音楽文化振興財団
右代表者理事
山本丈晴
原告
山本丈晴
原告ら訴訟代理人弁護士
上野久徳
同
小林信明
同
安藤信彦
同
本橋光一郎
同
荻野明一
被告
株式会社文藝春秋
右代表者代表取締役
安藤滿
被告
野坂昭如
被告ら訴訟代理人弁護士
古賀正義
同
喜多村洋一
同
小野晶子
主文
一 被告らは、原告財団法人古賀政男音楽文化振興財団に対し、各自金八〇万円及びこれに対する平成八年六月一四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告山本丈晴に対し、各自金五〇万円及びこれに対する平成八年六月一四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、原告財団法人古賀政男音楽文化振興財団と被告らとの間においては、これを一〇分し、その一を被告らの、その余を同原告の負担とし、原告山本丈晴と被告らとの間においては、これを一五分し、その一を被告らの、その余を同原告の負担とする。
五 この判決の第一項及び第二項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
一 被告らは、原告らに対し、別紙(一)記載の内容の謝罪広告を別紙(二)記載の条件で掲載せよ。
二 被告らは、原告財団法人古賀政男音楽文化振興財団に対し、各自金一〇〇〇万円及びこれに対する平成八年六月一四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告らは、原告山本丈晴に対し、各自金一〇〇〇万円及びこれに対する平成八年六月一四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、被告株式会社文藝春秋(以下「被告会社」という。)が発行する週刊文春平成八年五月二三日号及び同月三〇日号に掲載された、被告野坂昭如(以下「被告野坂」という。)の執筆にかかる「もういくつねると(三二二)」及び「もういくつねると(三二三)」と題する随筆二編(以下、「もういくつねると(三二二)を「本件随筆(一)」、「もういくつねると(三二三)を「本件随筆(二)」といい、これらを総称して「本件随筆」という。)中において、それぞれ原告らの社会的評価を低下させる記載がされたとして、原告らが、被告らに対しそれぞれ名誉回復の手段として謝罪広告を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償請求として、各金一〇〇〇万円の請求をした事案である。
二 前提事実(当事者間に争いがない事実及び証拠上容易に認められる事実であって、後者については、認定に供した証拠を括弧([ ])内に引用した。)
1 当事者
(一) 原告財団法人古賀政男音楽文化振興財団(以下「原告財団」という。)は、昭和五四年一月に設立された、古賀政男音楽博物館の設置運営などとともに、音楽関係者に対し、奨励・助成を行い、もって我が国の国民の音楽文化の発展に寄与することを目的とする財団法人である。
(二) 原告山本丈晴(以下「原告山本」という。)は、作曲家であり、原告財団の理事(理事長)である。
(三) 被告会社は、雑誌、図書の印刷、発行及び販売等を業とする株式会社であり、週刊誌「週刊文春」を発行している。
(四) 被告野坂は、著述家であり、社団法人日本音楽著作権協会(以下「協会」という。)の会員(社員)である。
2 原告財団のビル建築計画と協会の融資
(一) 原告財団は、昭和五四年の設立後、旧古賀政男邸を利用して「古賀政男記念博物館」を開設していたが、平成元年ころから、旧古賀政男邸を取り壊した上、跡地に新たにビル(以下「本件ビル」という。)を建築し、古賀政男博物館(以下「博物館」という。)を設置するほか、その一部を貸事務所等として賃貸する計画の検討を始めた[<書証番号等略>]。
(二) 平成二年ころから、原告財団と協会との間で、協会が原告財団に本件ビルの建築費用を融資する見返りに、原告財団が完成後の本件ビルの一部を協会に低い賃料で賃貸する交渉が始められた。その結果、原告財団と協会は、平成四年三月一九日、原告財団が完成後の本件ビル(延床面積一八五〇坪)のうち一七二四坪を協会に賃貸する予約をするとともに、協会が右ビルの建築費用を原告財団に貸し付ける予約をする旨合意した後、同年七月一日、協会が原告財団に対し右ビルの建築費用として七七億七〇〇〇万円を無利息で貸し付ける旨の金銭貸借契約書を作成した(以下、この貸付を「本件融資」という。)[<書証番号等略>]。
(三) 他方、原告財団は、同日、清水建設株式会社(以下「清水建設」という。)との間で、請負代金額(消費税相当額を含む。)を六六億九五〇〇万円として、本件ビルの工事請負契約を締結した[<書証番号略>]。
3 随筆の執筆及び掲載
(一) 被告野坂は、「日本音楽著作権協会の不正融資問題を巡る裁判所の不見識」との見出しで、別紙(三)の内容の本件随筆(一)(以下、別紙(三)に傍線を付した部分の各記載を、その番号に従い、「傍線①の記載」等として示す。)を執筆し、被告会社は、これを週刊文春平成八年五月二三日号に掲載し、その全販売区域に頒布した。
(二) 被告野坂は、「再び日本音楽著作権協会融資問題を糺す」との見出しで、別紙(四)の内容の本件随筆(二)(以下、別紙(四)に傍線を付した部分の各記載を、その番号に従い、「傍線①の記載」等として示す。)を執筆し、被告会社は、これを週刊文春平成八年五月三〇日号に掲載し、その全販売区域に頒布した。
(三) 週刊文春の販売部数は、おおよそ六六万部である[<書証番号略>]。
三 争点
1 本件随筆は、原告らの社会的評価を低下させ、その名誉を毀損するものか
2 本件随筆の各記載内容に公共性があり、被告らに公益を図る目的があったか
3 本件随筆の各記載内容が真実であり、又は、被告らにおいて、右記載内容が真実であると信じるに足りる相当な理由があったか
4 原告らの損害及び本件において被告らに対し謝罪広告を命じることが原告らの名誉を回復させるため適当な処分といえるか
四 争点に関する当事者の主張
1 争点1
(一) 原告財団の主張
本件随筆は、以下のとおり、事実を摘示し、原告財団を誹謗中傷するもの、あるいは、その社会的評価を低下させるものである。
(1) 本件随筆(一)中、傍線③及び④の各記載、並びに本件随筆(二)中、傍線①、⑤及び⑪の各記載は、協会から原告財団に対する本件融資の予定額と本件ビルの建築請負代金額との差額(以下において、単に「差額約一一億円」というときは、右の差額を指す。)及び本件随筆の執筆時点における融資済の金額と清水建設への支払額との差額(以下におて、単に「差額約三億円(二億円)」というときは、右差額を指す。)について、その使途が不明であるとの事実を摘示し、読者に対し、あたかも、本件融資が原告財団に不当な利得を与える目的で行われたものであるとの印象、あるいは、原告財団が右金員の一部を不正に流用したとの印象を与える(以下、前記各記載を併せて「本件融資金の使途に関する記載」という。)。
(2) 本件随筆(一)中、傍線⑤の記載、並びに本件随筆(二)中、傍線③、⑥、⑧及び⑩の各記載は、我が国の音楽文化の発展に寄与することを目的とする原告財団の実態が、経済的利益を追求する貸ビル業者に過ぎず、故古賀政男の音楽を振興するための活動を何も行っていない団体であるとの事実を摘示し、原告財団が寄附行為に定めた目的に沿った活動をしていないかの印象を与える(以下、前記各記載を「原告財団の活動に関する記載」という。)。
(3) 本件随筆(二)中、傍線⑬の記載は、原告財団がその設置運営を重要な事業目的としている博物館を開設するために、本件随筆が掲載された当時建築中であった本件ビルについて、いわゆる安普請の建物であるとの事実を摘示し、原告財団の重要な財産についての社会的評価を低下させる(以下、前記記載を「本件ビルに関する記載」という。)。
(4) 本件随筆中、以下の部分は、本件融資が不当あるいは不法なものである旨の事実を摘示し、もって、原告財団の社会的評価を低下させるものである(以下、左の各記載を「本件融資に関する記載」という。)。
ア 本件随筆(一)中、傍線①の記載、並びに本件随筆(二)中、傍線①及び⑫の各記載は、原告財団が本件ビルの建築を清水建設に発注する見返りとして、原告財団の理事長である原告山本が自宅の改築をさせたとの事実を摘示し、本件融資の過程に不正があったと印象づける。
イ 本件随筆(一)中、傍線②の記載、及び本件随筆(二)中、傍線④の記載は、本件融資が双方代理あるいは利益相反行為であるとの事実を摘示し、本件融資が違法であることを印象づける。
(二) 原告山本の主張
本件随筆は、以下のとおり、事実を摘示し、原告山本を誹謗中傷するもの、あるいは、その社会的評価を低下させるものである。
(1) 本件随筆(二)中、傍線②及び⑨の各記載は、原告山本の妻を嘲笑し、原告山本個人についても、同人が軽薄な人物であることを印象づける。
(2) 本件随筆(二)中、傍線⑦の記載は、原告山本が経営する会社が、アダルトビデオ製作に携わっているとの事実を摘示し、原告山本が低俗な人間であることを印象づける。
(三) 被告らの主張
本件随筆(一)及び同(二)によって、原告らの社会的評価が低下することはない。
2 争点2
(一) 被告らの主張
本件随筆は、いずれも公共性を有する事項について執筆したものであり、被告らには公益を図る目的があった。
本件随筆は、いずれも公益法人である原告財団と協会との間で行われた金銭消費貸借契約の過程等について執筆されたものであるところ、公益法人の業務活動の内容は、公共の関心事であることは明らかである。また、原告山本に関する記載は、本件随筆の性質上、随筆にいわゆる「人間臭さ」を付加するためにされたものであり、その内容も、本件融資についての記載に付随する程度にすぎない。
(二) 原告らの主張
本件融資や本件ビルの賃貸借契約は、純然たる私人間の契約にすぎず、公共性を有しない。また、本件随筆は、その表現から明らかであるように、原告らに対する誹謗中傷を目的としたものであるから、被告らに公益を図る目的があると認められないことは明らかである。
五 証拠<省略>
第三 争点に対する判断(以下、認定に供した証拠は、認定の後の括弧([ ])内に記載した。)
一 争点1(本件各随筆により、原告らの社会的評価が低下するか)について
1 原告財団関係
(一) 本件融資金の使途に関する記載について
本件随筆(一)中、傍線④の記載、並びに本件随筆(二)中、傍線①、⑤及び⑪の各記載は、本件融資が決定された過程について、「山本はビル建設のため、協会からの借金をほのめかし、常務会はただちに、協会が貸す旨を暗示。」、本件融資金の使途について、「清水に支払われたのは二十億、二億円余がどこかに消えている。」、本件融資予定額と本件ビル建築工事の請負代金との差額について、「差額十一億はどうなったのか。」などと記述するものであり、その前後関係と併せ読めば、一般読者に対し、本件融資が不正な目的の下に、正当な手続を経ることなく、原告山本と協会の常務会との間で内密に行われたものであり、差額約一一億円の使途に不審な点がある旨、さらには、原告財団が差額約二億円を不正に使用した旨の印象を与えるものと認められるから、本件融資の使途に関する記載は、原告財団に対する社会的評価を低下させるというべきである。
しかし、本件随筆(一)中、傍線③の記載は、本件融資の預入先について、「どこへ預けたっていいようなものだが、一流建設会社への支払いは、通常、都市銀行でカッコをつける、ということを聞かされ、財団はすぐ三菱銀行へ移した。」と、皮肉を交えた記述をしているものの、右の記載のみから、差額約一一億円又は差額約三億円(二億円)の使途が不明であるとの趣旨を読みとることは不可能であるし、右の記載をその前後関係と併せ読んでも、一般読者が右記載から本件融資金の使途が不明であるとの印象を受けるともいえない。したがって、この点に関する原告財団の主張は失当である。
(二) 原告財団の活動に関する記載について
本件随筆(一)中、傍線⑤の記載、並びに本件随筆(二)中、傍線③、⑥、⑧及び⑩の各記載は、その前後関係と併せて読めば、被告野坂が、同被告の属する協会による本件融資を批判する一環として、融資を受ける側である原告財団の活動内容及び融資金の使途である本件ビル建築自体を批判したものであることが明らかであるが、原告財団について、「何をしているのかあやふやな財団」、「貸しビル業に転じる」、「本来の設立目的から、完全に逸脱」などと断じるものであり、一般読者に対し、原告財団が、公益法人であるにもかかわらず、あたかも貸ビル業に転じたかのごとくである旨、あるいは、原告財団が、寄附行為に定められた事項を遂行していない旨の印象を与えるものである。
したがって、右の各記載は、原告財団の社会的評価を低下させるものであると認められる。
(三) 本件ビルに関する記載について
本件随筆(二)中、傍線⑬の記載は、本件ビルの建築費用が「せいぜい建設費三十億」で、その内容は、「コンクリートに海砂を使用、壁は戦争直後の公団住宅風、建物の裾はオーストラリア産砂岩、ニューヨークの褐色砂岩とは質が違う、水が滲みこむから防水加工。アプローチはコンクリートブロック、地震が来たらひとたまりもない」などとの事実の摘示をするものであり、その直前に「七八億を貸し付けると約束して、実は清水建設の請負代金は六七億円弱」との記載がされていることと併せ考えれば、協会から受けた融資金の使途を批判するとともに、本件ビルの価値を否定するものであると認められる。
被告らは、右の事実の摘示をもって、原告財団の社会的評価が低下することはないと主張する。しかし、本件ビルの建築は、本件随筆の執筆当時、原告財団が、旧古賀政男邸の一部を移築し、博物館を開設するとともに、その賃料収入によって将来の原告財団の活動を維持する目的で、総力を上げて取り組んでいた事業活動であり、本件ビル及び博物館が原告財団の財産及びその活動内容の根幹をなすものであること[<書証番号等略>]にかんがみれば、本件ビルの価値を否定するような表現が、原告財団の社会的評価を低下させることは明らかである。
(四) 本件融資に関する記載について
本件随筆(一)中、傍線①の記載は、「山本丈晴邸が清水建設により大改築」との事実を摘示するものであるが、右事実の摘示は、当初から本件ビルの建築請負業者が清水建設に決まっていたこと並びに原告山本邸の改築及び某音楽出版社長のマンション新築が清水建設によってされていることを、石本協会理事長の「へんに思われないか。」との発言とともに記述したものであり、右記載をその前後関係とともに一般読者の通常の注意と読み方をもって判断すれば、右記載は、原告財団が清水建設に本件ビルの建築を発注したことと原告山本邸の改築に見返りの関係があったことを暗にほのめかすものといえ、ひいては、原告財団がその理事長の公私混同により運営されているとの印象を与えるものである(もっとも、本件随筆(一)中、傍線①の記載は、「誰もきかないのに、」との文言で始まっており、この後に続く記載を併せて読むと、清水建設による原告山本邸の改築等の事実は、石本協会理事長の発言の引用として記述されているようであるが、それ自体が不明確であり、右の点は、一般読者に与える印象についての判断を左右するものではない。)から、原告財団の社会的評価を低下させるものというべきである。
本件随筆(一)中、傍線②の記載、及び本件随筆(二)中、傍線④の記載は、協会から原告財団への本件融資に関して、石本美由起(以下「石本」という。)が、協会の理事長と原告財団の理事を兼任していることを摘示するものである。そして、右各記載の中の、「不法に金を貸す」、「双方代理、利益相反行為」などとの記述は、一般読者に、本件融資は法律に反する融資であり、原告財団が違法な融資を受けたとの印象を与えるものであり、原告財団の社会的評価を低下させるものというべきである。
2 原告山本関係
(一) 山本個人に関する記載について
本件随筆(二)中、傍線②の記載は、原告山本が、山本富士子と結婚したために故古賀政男から絶縁されたにもかかわらず、古賀政男の死後、原告財団の理事長の座に就いたとの事実を「いかなる風の吹きまわし」との否定的イメージを持つ文言とともに摘示するものであり、原告山本が、軽薄で節操がない人物であるとの印象を与えるものであるから、原告山本の人格に対する社会的評価を低下させるものというべきである。
しかし、本件随筆(二)中、傍線⑨の記載は、原告山本の妻である山本富士子の芸能活動について揶揄した記述にすぎないから、右記載により、原告山本が不快感を覚えたことは推認に難くないが、原告山本が金銭賠償を必要とするほどの名誉感情の侵害を受けたとも、原告自身に対する社会的評価が低下したともすることはできない。
(二) アダルトビデオ製作に関する記載について
本件随筆(二)中、傍線⑦の記載は、原告山本の収入の九五パーセントがアダルトビデオ製作会社の経営によるものであるとの事実を直接的に摘示している。被告らは、アダルトビデオ製作は正当な経済活動であり、右の事実の摘示によって、原告山本の社会的評価が低下することはないと強弁するが、アダルトビデオ自体が、一般的に低俗でいかがわしいイメージを持たれており、仮にアダルトビデオ製作に携わっていることが真実であるとしても、通常の感覚を有する一般人であれば右事実の公表を望まないであろうことからすると(のみならず、原告山本の経営する会社がアダルトビデオを製作する会社であるとの記載については、被告野坂本人の供述によっても、業界内の噂や、会社の売上高からの推測に基づくものにすぎないというのであり、それが真実であると認めるに足りる証拠はない。)、原告山本がアダルトビデオ製作会社を経営しているとの記載がされることによって、原告山本の社会的な評価が低下することは明白である。
二 争点2(本件随筆(一)及び(二)の記載内容に公共性があり、被告らに公益を図る目的があったか)について
1 原告財団に関する記載
(一) 原告財団に関する本件随筆は、前記判示のとおり、原告財団の活動状況、本件融資が決定された過程の不正、あるいは、本件融資金の使途が一部不明であることなどについて、事実を摘示し、あるいは、批判を加えたものであるところ、原告財団及び協会は、いずれも公益法人であり、公共性の高い法人であるから、その活動状況などは一般人の健全な関心事たり得る事項である。しかも、本件融資の過程は、当時、社会的にも注目を集めていたこと[争いがない。]にかんがみれば、本件融資に関する事実は、公共の利害に関する事実に当たるものと解される。
原告財団は、本件融資は純然たる私人間の契約であって、公共性を有しないと主張するが、右の主張は、協会及び原告財団の公共的性格を無視した見解であって採用できない。
(二) 次に、本件随筆は、前記のとおり、本件融資の過程及びその使途に関する事実を摘示し、あるいは批判を加えることにより、その問題点を指摘して批判的な執筆をしたものであるから、本件随筆の掲載は、専ら公益を図る目的に出たものと認められる。
これに対し、原告らは、本件随筆はいずれも原告財団あるいは原告山本に対する誹謗中傷を目的として執筆されたに過ぎないと主張し、確かに、本件随筆中の表現を個別に取り上げれば、原告財団あるいは原告山本に対する誹謗中傷を目的としたと受け止められてもやむを得ない表現がされている点が見受けられなくもない。
しかし、本件随筆を、その表現のみでなく、全体として見れば、その主たる目的は、協会の会員(社員)であり、協会の本件融資に反対する立場をとっていた被告野坂が[<書証番号等略>]、本件融資を批判するに当たって、本件融資を受ける側である原告財団の活動状況(特に、本件融資の目的である旧古賀政男邸の解体及び本件ビルの建設)や本件融資の過程などについて批判を加える点にあったと認められるから、原告らの右主張は採用することができない。
2 原告山本に関する記載
本件随筆(二)のうち、原告山本に関する傍線②及び⑦の記載は、原告山本の古賀政男との関係や収入源に関する事実を摘示するものであり、右は、全く私的な事柄であるから、原告山本が、原告財団の理事という公的な地位にあり、かつ、右記載がその原告財団に対する協会の融資についての批判の中でされたことや、本件随筆が客観的かつ正確な事実報道を旨とする新聞記事などとは性格が異なることを考慮しても、右の事実が公共の利害に関する事実に附随する事実として公共性を帯びると認めることはできない。
したがって、右記載については、その余の点を判断するまでもなく、被告らは原告山本に対する不法行為責任を免れない。
三 争点3(本件各記載の真実性)について
1 本件融資金の使途に関する記載について
(一) 本件融資の経緯等は以下のとおりである。
(1) 原告山本は、平成二年一〇月一八日、協会の常務会において、完成後に協会が賃借することが検討されていた本件ビルの建築計画の概要を説明し、その際、協会の常務から、建築費用を全額協会が融資し、賃料は低額とすることの可能性が打診されたのに対し、それは可能であり、原告財団として有難い話であるとの返答をした[<書証番号略>]。
(2) 原告財団は、平成四年五月二六日ころ、協会に対し、本件ビルの建築費は七一億六〇〇〇万円程度で、設計管理費、不動産取得費などを含めると七七億六〇〇〇万円程度になり、施工業者は清水建設となる予定であるなどと報告した[<書証番号略>]。
(3) 原告財団は、平成四年七月一日、建築費等総資金運用内訳と題する書面(<書証番号略>)を協会に提出し、同日、本件融資に関する契約が締結された[<書証番号等略>]。
他方、原告財団は、同日、清水建設との間で請負代金額を消費税相当額を含めて六六億九五〇〇万円とする本件ビルの建築工事請負契約を締結した[前提事実2]。
本件融資において、協会からの融資は、①原告財団と清水建設が建築請負契約を締結したときに七億七七〇〇万円、②建築請負契約締結後一年経過時に一五億五四〇〇万円、③博物館の上棟のときに二三億三一〇〇万円、④原告財団が博物館の引渡しを受けたときに三一億〇八〇〇万円、以上の四段階で行われることとされた[<書証番号略>]。
(4) 本件随筆の執筆及び掲載は、前記②の融資が行われた後にされており、原告財団から清水建設に対して、合計二〇億〇八五〇万円が支払われていた[<書証番号等略>]。
(5) 被告野坂は、「古賀政男音楽博物館等建築総事業費内訳表」と題する書面(<書証番号略>)、「(財)古賀政男音楽文化振興財団の支払状況」と題する書面(<書証番号略>)等を参考にして、融資予定額と清水建設へ支払われる請負代金額との差額の使途及びその明細に不明な点がある、あるいは、融資済の金員と清水建設への支払額の差額の使途が不明であると判断して、本件随筆を執筆した[<証拠略>]。
右書面のうち、「(財)古賀政男音楽文化振興財団の支払状況」と題する書面(<書証番号略>)は、平成五年一二月二一日ころにされた協会からの要望により、同月時点における、融資済の金員の使途について原告財団が説明したもの、「古賀政男音楽博物館等建築総事業費内訳表」と題する書面(<書証番号略>)は、同じく協会からの要望により、平成六年一月ころ、原告財団が博物館建築の総事業費の内訳について説明をしたものであり、他方、「12月13日の説明会における6項目の要望について」と題する書面(<書証番号略>)は、協会が、会員から本件融資についての説明を求められたため、平成五年一二月ころ独自に作成した書面である[<証拠略>]。
(二) 右のとおり、本件融資の予定額は七七億七〇〇〇万円であるのに対し、清水建設の建築工事請負代金額は六六億九五〇〇万円であり、本件随筆の執筆時における融資済の金額は二三億三一〇〇万円であるのに対し、清水建設への支払額は二〇億〇八五〇円であるから、右各差額自体についての事実の摘示は真実であると認められる(もっとも、本件随筆は、本件随筆の執筆時における融資額と清水建設への支払額の差額を二億円と記載している[<書証番号等略>]。)。しかし、本件随筆において、被告野坂は、単純に差額約一一億円及び差額約三億円(二億円)についての記述をしたのではなく、その使途が不明である、あるいは、その差額についての説明がされていないという趣旨の記載をしているのであるから、右表現行為の違法性が阻却され、又は、被告らに故意若しくは過失がないというためには、その使途が不明である、あるいは、その差額について説明がされていないことが真実であるか、右事実を真実と信じるに足りる相当な理由があったことが必要である。そこで、以下、この点につき検討する。
(1) 差額約一一億円の使途に関する記載について
ア 本件随筆は、本件融資の予定額と清水建設に支払うべき建築工事請負代金額との差額約一一億円について、「差額十一億はどうなったのか」と記載し、右の使途が不明である、あるいは、その説明がされていないと批判する。
しかし、前記(一)(3)で認定のとおり、本件融資契約が締結された時点において、原告財団から協会に対し、融資予定額である七七億六〇〇〇万円についての使途が明確に説明されており、被告野坂が入手したという平成六年一月ころ作成された書面(<書証番号略>)にも同趣旨の説明がされている[<書証番号略>]ことからすれば、差額約一一億円の使途についての説明がされていないとの本件随筆の記載を真実と認めることはできない。
もっとも、<書証番号略>の各明細の細目の間には、その金額に齟齬が認められ、被告らは、近隣折衝補償費についての差額(<書証番号略>によれば、近隣対策費及び近隣折衝費が合計一三九〇万円とされているのに対し、<書証番号略>によれば、近隣折衝及び補償費が四三五〇万円とされている。)が、差額約一一億円の使途が不明であることの徴憑であるかの主張をする。
この点、<書証番号等略>によれば、平成四年一〇月には本件ビル建築に関する近隣折衝が完了し、工事協定書及び日影補償に関する合意書が締結されたこと及び近隣折衝及び補償費として支出された金額は、現在までで約六八〇万円であることを認めることができ、以上の各事実からすれば、平成六年一月ころ作成された<書証番号略>において、近隣折衝及び補償費が四三五〇万円に増額されたことはいかにも不自然であると考えられる。そして、右の点に関し、証人中本利康は、日影補償費用については、本件ビル建築工事着工後、近隣の住民から種々の苦情が生じたため、当初の予定より大幅に対策費が増額されたと供述するが、現実に支出された近隣対策費が約六八〇万円にすぎないとの前記認定の客観的事実にかんがみれば、右供述は、近隣折衝及び補償費が増額されたことの十分な説明となっていないといわざるを得ず、その意味では、近隣折衝及び補償費については、被告野坂がその説明が十分ではないとの趣旨の記載をしたことが真実であるといえなくもない。
しかし、右のように、近隣折衝及び補償費に関する原告財団の説明には、必ずしも首肯できない点があることは確かであるとしても、近隣折衝及び補償費の総額は、<書証番号略>においても四三五〇万円であって、その融資予定額の中で占める割合は僅かに過ぎず、他方差額約一一億円のうち、その主要な支出部分を占める保存解体費、建物解体費、庭園解体費、開発業務費、展示工事費、AV閲覧工事費、建物解体費等については、<書証番号略>の明細と<書証番号略>の明細との間に消費税相当額についての齟齬と思われる部分を除き、明確な齟齬を認めることはできない[<書証番号略>]。したがって、右の部分について、その使途自体に不審な点があることの立証がない以上、前記の近隣折衝及び補償費について増額がされた点に不自然と思われる点があるとの事実のみをもって、差額約一一億円の使途が不明であり、その説明がされていないとの趣旨の記載が事実である、あるいはそのように記載することにつき相当な理由があったということはできない。
イ 被告らは、<書証番号略>は、その形式が極めてずさんであるとし、同号証自体の信用性が低いかの主張をするが、同号証には、その体裁は別として、その内容自体に、一見して不審な点はない。また、被告らは、<書証番号略>に記載されたような本件ビル建築事業費に関する報告が本件融資の開始後から約一年六か月の間行われなかったこと[争いがない。]をもって、差額約一一億円の使途が不明であることの徴憑であるかの主張をするが、原告財団は、本件融資開始時において、協会に対し<書証番号等略>を提出していた以上、本件融資が一部しか実行されていない段階で、原告財団が総事業についての内訳明細を改めて提出する必要性もないとも考えられるし、<書証番号略>自体、協会からの要望に応じて原告財団が作成したものにすぎないから、<書証番号略>が本件融資の開始から約一年六か月経過した時点で作成されたことをもって、差額約一一億円の使途が不明であるとの記載が真実である、あるいはそのように記載する相当な理由があったということはできない。
ウ 被告らは、①本件融資以前における交渉の際には本件ビル建築費用が約七一億五、六〇〇〇万と見積もられていたのに対し、本件融資時には右見積もりが約六六億九五〇〇万円とされていた、②原告財団は、本件ビルの建築請負契約が入札ではなく随意契約によって行われることを協会に秘匿していたと主張し、右の各事実は、融資予定額の使途に関する原告財団の協会に対する説明が不十分であったことを示すものであると主張する。確かに、<書証番号略>によれば、原告財団は、当初、本件ビルの建築請負契約を入札により決する予定であったが、平成四年三月には、これを随意契約によることに決定したこと、しかし、協会側は、同年五月二一日の時点でも、入札で建築業者が決定される予定であると認識していたことを認めることができるが、他方では、<書証番号略>によれば、同月二六日までには、原告財団から協会に対し、建築請負業者は清水建設となる予定であるとの説明がされていたことを認めることができるから、②の主張は、その前提を欠くといわざるを得ない。また、<書証番号略>によれば、①の事実は真実であると認められるが、建築請負工事に関する見積額は、その性質上、交渉段階においては相当の変動がありうる事柄であり、一割足らずの変動は不自然といえないし、本件においては、本件融資契約時以降は、本件ビル建築費用の見積もりは変更されていないのであるから[弁論の全趣旨]、①の事実自体から原告財団の不正を窺うことはできない。したがって、右の事実を前提としても、差額約一一億円の使途が不明であるとの記載が真実である、あるいはそのように記載することにつき相当な理由があったということはできない。
エ 被告らは、<書証番号略>の各明細の食い違いを問題にするかの主張もするが、<書証番号略>は、本件ビルの総工事費用についての内訳で、<書証番号略>は、右書面が作成された時点における融資済の金員の使途に関する明細であるから、右の金額に齟齬が生じるのは当然であって、右の事実は、<書証番号略>にいささかでも注意を払って見れば容易に知り得ることである。かえって、被告野坂の右主張からすれば、被告野坂は、入手していた各種書面を十分に吟味することなく本件融資金の使途についての批判をしたとも推測できる。したがって、<書証番号略>を根拠に、差額約一一億円の使途が不明であるとの記載が真実である、あるいはそのように記載することにつき相当な理由があったということはできない(なお、本件随筆の執筆にあたっての被告野坂の取材活動について付言すると、被告野坂が本件随筆の根拠としてあげるものの中には、小林亜星からの又聞き(本件融資の預入先に関する記載について)、あるいは業界での噂話(原告山本の収入源に関する記載について)といったものも含まれており[<証拠略>]、本件随筆が新聞報道などとは性質を異にすることを考慮しても、なお、不十分にすぎる点が見受けられ、ひいては、被告野坂の取材活動全体が不十分ではなかったとの疑いが残る。)。
オ したがって、差額約一一億円に関する記載の内容を真実と認めることはできず、また、これが真実であると記載することにつき相当な理由があったと認めることもできない。
(2) 差額約三億円(二億円)の使途に関する記載について
ア 本件随筆は、差額約三億円(二億円)について、「差額二億円がどこかに消えている。」との事実を摘示し、右金員の使途に不明な点があると批判するものであるところ、被告野坂は、本件随筆を執筆するにあたり、<書証番号略>及びその基となった二枚の書面を参考にしたという[<証拠略>]。
しかし、<書証番号略>によれば、融資済の二三億三一〇〇万円については、清水建設への支払以外に、近隣補償費や北川・一鐵建築デザイン事務所への設計管理費等として支払われていると説明されていることを認めることができ、右の説明に不自然な点はなく、他に右支払に不明な点を認めるに足りる証拠はない。したがって、差額約三億円(二億円)の使途が不明であるとの趣旨の記載が真実であると認めることはできない。
イ これに対し、被告野坂本人は、<書証番号略>の下部に手書きで記載された部分(「設計料本体ハドウナッタ?」などと記載されている。)及び<書証番号略>の基となった書面二枚を参考に、三億円の差額の使途が不明であると判断したと供述する。しかし、右手書き部分を記載したのが誰かについては被告野坂自身も分からない[<証拠略>]というばかりか、その手書き部分の計算根拠も、<書証番号略>を検討する限りでは不明であり、さらには、被告野坂が<書証番号略>とともに参考にしたという二枚の書面も証拠として提出されていないのであるから、被告野坂が、既に融資済の金員と清水建設への支払代金の差額の使途が不明であると判断したことについて、相当な理由があったと認めることはできない。
ウ なお、被告野坂は、<書証番号略>の記載の齟齬をもって、融資済の金額と清水建設への支払額の差額の使途が不明であると判断した根拠であるとも主張する。
確かに、<書証番号略>における支払状況の記載と、<書証番号略>における支払状況の記載の間には、北川・一鐵建築デザイン事務所への支払額などの点で齟齬が認められるが(北川・一鐵建築デザイン事務所への支払額は、<書証番号略>では一億〇四二九万五二〇〇円とされているのに対し、<書証番号略>では二億八一六〇万八五〇〇円とされている[<書証番号略>]。)、<書証番号略>は、計算の対象とされている期間が異なっており(北川・一鐵建築デザイン事務所への支払について、<書証番号略>は、平成四年七月から平成五年一一月までの間の支払額を、<書証番号略>は、平成二年一一月から平成五年一二月までの間の支払額をそれぞれ示しているが、<書証番号略>における支払額の中には、原告財団が独自にまかなった資金も含まれているため、差額約三億円についての説明としては必ずしも正確なものではない[<書証番号等略>]。)、それぞれの期間について計算をすれば、それぞれ正確な数値を示している[<証拠略>]というのであるから、<書証番号略>の記載の齟齬をもって、三億円の差額の使途が不明との記載が真実であると認めることはできない(そもそも被告野坂が、差額約三億円(二億円)についての記載をするにあたり、<書証番号略>を参考にしたと認めるに足りる証拠はない。)。
(三) 以上のとおりであるから、本件融資金の使途に関する記載については、その記載が真実であるとも、真実と信じるにつき相当な理由があったとも認めることはできない。
2 原告財団の活動に関する記載について
(一)(1) 寄附行為に定められた原告財団の事業は、①古賀政男音楽博物館を設置し、古賀政男にゆかりのある資料及び音楽に関する資料の収集・保管・展示を行い、併せて音楽に関する調査・研究を行うこと、②音楽を志す有能な子弟に対し、古賀政男記念奨学金を給付すること、③音楽文化の発展に寄与している団体に対し、助成金を交付すること、④優秀な新人の作詞家・作曲家及び音楽文化の向上に寄与した功労者に対し、古賀政男記念音楽賞を授与すること、⑤音楽堂を設置し、一般大衆の利用に供すること、⑥右⑤の目的を達成するため必要な事業を行うことである[争いがない。]。
(2) 本件ビルは、その総延床面積が一八五〇坪であるところ、平成四年三月一九日、その一七二四坪に該当する部分を協会に賃貸することが予約された[前提事実2]。
(3) 原告財団は、本件随筆の執筆当時、旧古賀政男邸を解体し、本件ビルを建築する事業を進めていたほか、顕彰事業等の活動を行っていたが、その他には目立った活動を行っていなかった[争いがない。]。
(二) 本件随筆中、原告財団の活動状況に関する記載は、前記認定のとおり、本件融資に関する記載に関連して、①原告財団が旧古賀政男邸の解体を行ったこと及び②本件ビルが賃貸されることを前提に、原告財団につき、「あやふやな財団」、「貸しビル業に転じることを決めている。」、「本来の設立目的から、完全に逸脱」などと供述し、原告財団を批判するものであり、これらによって原告財団の関係者が不快な思いをしたことは推認に難くない。しかし、一般に、原告財団のように公共性のある団体については、その活動内容が公共の利害に関するものとして批判にさらされることはやむを得ないところであるから、右批判の前提となる重要な事実が真実であるときには、右批判も正当な意見の表明として、違法性を欠くものと考えられる。
そこで、右の観点から、被告野坂による前記批判を検討すると、(一)に認定のとおり、本件随筆執筆当時、原告財団が旧古賀政男邸の解体を行ったこと、新しく建築される本件ビルの大部分が協会に賃貸されること、そして、本件随筆執筆当時、原告財団が行っていた主たる事業は、本件ビル建築のみであったことは真実であったと認められ、前記批判の前提となる重要な事実については、真実性の証明がされている。そして、本件融資は、本件ビル建築のためにされたものであるから、協会(これも公益法人である。)による本件融資を批判する中でされた被告野坂による原告財団の活動状況に対する批判は、本件融資と無関係な事項を、不必要に批判したものとはいえない。
以上の事実を総合的に考慮すれば、本件ビルを建築し、博物館や音楽堂を設置すること自体が、原告財団の寄附行為に定められた前記事業を遂行するためのものである[<証拠略>]ことをしんしゃくしても、前記批判も一方の立場に立つ者からする意見の表明として許容されるというべきである。
もっとも、被告野坂は、本件随筆(二)の傍線⑧の記載において、「音楽振興の目的は、妻富士子主演のお芝居伴奏」などとも記述しており、その意味では、被告野坂の表現には不適切な部分も見受けられるが、これらの部分は、いずれも、本件随筆全体からいえば、付随的な部分に過ぎないから、右の部分のみをとりあげて、被告野坂の表現が正当な意見の表明の範囲を逸脱し、不法行為を構成するとまでいうことはできない。
(三) 以上により、原告財団の活動に関する記載は、違法性を欠くというべきである。
3 本件ビルに関する記載について
本件随筆(二)中、傍線⑬の記載は、前記一1(三)のとおり、本件ビル自体の価値が、清水建設の建築請負代金額を大幅に下回ること、本件ビルの建築に用いられたコンクリートには海砂が利用されていること、建物の裾にはオーストラリア産の砂岩が利用されていること、本件ビルのアプローチにはコンクリートブロックが利用されていること、本件ビルの耐震性は弱いことなどについて事実を摘示し、あるいは、評価をするものであるところ、<書証番号略>によれば、本件ビルの低層部分にはオーストラリア産砂岩が利用されていること、右砂岩は、その性質上吸水性があるため、防水剤が塗布されていること、外部プラザの床にはコンクリート製の平板が利用されていることについては、いずれも事実であると認めることができるが、本件ビルに関する記載の中で、最も原告財団の名誉を毀損する部分であると考えられる、本件ビルの客観的価値が三〇億円程度であることや本件ビルの耐震性が弱いことなどについては、これを客観的に真実であると認めるに足りる証拠はない。
また、被告野坂本人の供述によれば、右各記述は、建築士、本件ビル建築の下請業者及び石屋等が本件ビルを外見から判断して被告野坂に話した内容を総合してしたものであると認められるが、右の下請業者などの話も、あくまで本件ビルの外見を判断してのものにすぎないのであるから、被告野坂が、前記のような記述をすることについて、相当な理由があったということもできない。
したがって、本件ビルに関する記載が、違法性を欠くとも、これにつき被告野坂に故意、過失がなかったともいうことはできない。
4 本件融資に関する記載について
本件随筆は、前記一1(一)のとおり、①原告財団による清水建設に対する本件ビル建築発注が山本邸の見返りとしてされたことを示唆し、②本件融資に双方代理又は利益相反行為があったことを摘示して、もって、本件融資が不法、不当な融資である事実を摘示するものである。
(一) 被告野坂は、本件随筆中の山本邸の改築に関する部分は、協会の常務会における石本理事長の発言を根拠に記載したものであるというところ[<書証番号等略>]、<書証番号略>によれば、平成五年一二月一六日、協会で開かれた常務会において、松岡常務が、「財団の支出の中で、山本さんが自由にできるものがあるとか、あるいは清水建設から何らかの形で金が出ているとなると問題だ。」と発言し、右発言を受け、石本理事長が、「二、三年前、山本さんが家を建て替えた。疑惑を持たれれば何でもなる。山本さんの会社も佐川急便の丸抱えだ。そういうことから何かないかということもいえなくもない。」と発言した事実、平成五年一二月二二日、同じく常務会において、石本理事長が「数年前に山本宅を大改造している。清水が建設したのか気にならないでもない。」と発言した事実が認められる(但し、山本邸の改築を清水建設が行ったと認めるに足りる証拠はない。)。
しかし、前記各発言は、被告山本邸の改築と本件融資の間に特別な関係があることを断じたものでないことは当該発言自体を吟味すれば明らかであるし、<書証番号略>をその全体として読めば、前記記載の松岡及び石本の発言は、本件融資に当たり協会が原告財団の信用調査を行っておけばよかったという趣旨の発言を受けて、「疑問を持たれれば何でもなる。」ということの一例として発言されたものに過ぎないことが明らかである。したがって、前記各発言のみを根拠に、本件ビルの建築工事の発注と山本邸の改築とが見返りの関係にあったと認めることはできないし、被告野坂が本件随筆(一)中、傍線①のとおりの記載をしたことに関して、相当な理由があったと認めることもできない。
(二) 被告野坂本人は、原告財団の評議員会議事録(<書証番号略>)の出席理事欄に、石本が記載されていたことから、石本を原告財団の理事と誤解したと供述する(本件融資当時、石本は、協会の理事を務め、かつ、原告財団の評議員会の議長を務めていたことは当事者間に争いがない。)。そして<書証番号略>によれば、原告財団の平成四年三月三日に開催された評議員会の議事録には、出席理事の一人として石本が記載されていることが認められるから、右の事実を前提に、被告野坂が、石本を原告財団の理事であると誤信したこと自体には相当な理由があると認められる。
しかし、本件随筆は、本件融資を「不法な融資」、「双方代理、利益相反行為」と断じるものであるところ、石本が協会の理事長であるとの事実及び石本が原告財団の理事であるとの相当な理由に基づく誤信を前提としても、右記載は法的な評価として正当なものであるとはいえない。
この点について、被告野坂は、本件随筆の「双方代理、利益相反行為」というのは、厳密に法的な意味で用いられているものではないと主張する。確かに、週刊文春が法律専門家向けの雑誌でないこと及び被告野坂が法律の専門家でないことは公知の事実であるから、本件随筆に記載された法律用語について法律的な正確性を欠くとして論難することは必ずしも適当ではない。しかし、右の点を考慮するとしても、「不法」、「双方代理、利益相反行為」との表現は、法律専門家でない一般人にとっても、また、ある意味では、法律的判断のできない一般人にとってはなおさら、法律的に何らかの問題がある行為であるとの印象を与える表現であるということができる。したがって、右のような表現をするに当たっては、執筆者において、当該行為が違法であると判断するにつき相当な根拠があることが必要となると解されるところ、石本が協会の理事長であるとの事実及び石本が原告財団の理事であるとの相当な理由のある誤信をもって、被告野坂が本件融資を、「不法な融資」、「双方代理、利益相反行為」と判断したことにつき相当な根拠があったということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(三) したがって、本件融資に関する記載が、違法性を欠くとも、これにつき被告野坂に故意過失がなかったともいうことはできない。
四 争点4(原告らの損害及び本件において被告らに対し謝罪広告を命じることが原告らの名誉を回復させるため適当な処分といえるか)について
1 以上のとおり、本件随筆のうち、原告財団に関し、本件融資金の使途について批判をした部分、本件ビルに関する記載をした部分及び本件融資について批判をした部分、並びに原告山本に関し、その収入の九五パーセントをアダルトビデオ製作会社の経営によって得ると記載した部分及び原告山本が原告財団理事に就いた経緯について記載した部分については、名誉毀損に該当するものとして不法行為が成立する。
2 そこで、まず、前記各記載により低下した原告らの社会的評価を回復させるために被告らに謝罪広告を命じることが相当か否か判断すると、本件随筆が客観性及び正確性を旨とする新聞記事などとは異なる性質を持つこと、本件随筆が掲載された当時、本件随筆の筆者である被告野坂が本件融資に反対する一方当事者であったことは比較的広く知られていたことであり、本件随筆の文言からも被告野坂が、本件融資に反対する一方当事者としての意見を表明していることは容易に読みとれること、以上の事情を総合すると、本件随筆によって生じた原告らの社会的評価の低下の度合いは比較的軽微であると考えられるから、本件において、原告らの社会的評価を回復させるための措置として、原告らの請求する内容の謝罪広告を命じることが相当であるとまでは認められない。
したがって、謝罪広告の請求は理由がない。
3 次に、前記各記載により、それぞれの社会的評価が低下したことによって原告らが被った非財産的ないし精神的損害に対する金銭賠償額について判断すると、前記2に説示の諸点に加え、本件随筆の内容、雑誌「週刊文春」の性格と発行部数、本件随筆の性質、原告ら及び被告らの社会的地位、その他本件記録中に表われた一切の事情を総合的に考慮して、原告財団について八〇万円、原告山本について五〇万円が相当である。
第四 結語
したがって、原告らの請求は、原告財団において八〇万円、原告山本において五〇万円及び右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかである平成八年六月一四日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余については理由がないから、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官鈴木健太 裁判官比佐和枝 裁判官本多幸嗣)
別紙<省略>